拝啓 支配人殿 あなたの粋な計らいにクソしびれました!

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拝啓 支配人殿

もう10年以上前、一緒に働いていたホテルでの話になります。

大変お世話になったにも関わらず、失礼な形で退職してしまったこと、改めてお詫び致します。

私は何とか生きています。困難の連続ですが、親からもらった「身体」と「脳ミソ」で、ドS全開の人生をボロボロではありますが、何とかやり過ごしております。

さて、最近あなたの事を思い出しました。ポンコツな私も出世して部下がいます。

そんな状況で思うのは、あなたのような上司になりたいという欲求です。しかし、あなたのようなスーパーマンにはなれない。

あなたは今思うと本当にスゴかった。

あなたの口癖は「日本のサラリーマンの最大の欠点は経営者意識が足りないことだ」でした。ポンコツだった私には「この人何を言ってるんだろう?」という感想しかありませんでしたが、今思うと20年も前に「目からウロコ」の名言を間近で聞いていたことになります。

あなたはホテル内の配管や配線などのトラブルも自分で直していました。常駐の施設メンテナンスのスタッフが解決できないと「さじを投げたトラブル」を、自らツナギを着て、はしごで天井裏に登り、涼しい顔で直していたのを昨日のことのように思い出します。

当然、有能なあなたは出世頭の筆頭だったのですが、正月の大事な社内ゴルフで大遅刻をやらかして、出世街道から外れたりする茶目っ気ぶりも、かなりツボでした。

そんな憎めないあなたが、私に残した「あるエピソード」は今も鮮明に心に焼きついています。

それは私が出勤して間もなく、何気なく鳴った一本の電話からスタートしました。

その電話は予約のない団体客の問い合わせでした。断る前提で一応上司に確認したところ、その話をたまたま横で聞いていたあなたは、朝食の手配やフロント人員が足りない状況なので、普通ならお断りするべきなのに受け入れる決断をしたのです。

根っからの戦闘民族で商魂たくましいビジネスマンのあなたは即決しました。

なんということだ!ガッテーム!

私はこころの中で絶叫しました。当日はいじめられていた先輩(以下A)と夕方から朝までの夜勤だった私は、心底あなたを恨みました。

しかも、その日は「超VIPの奥様」が宿泊する日であり、絶対に下手こけない日だったのです。

そして当日、地獄のチェックインが始まりました。

特にAからの指示はなく、私は全体のバランスを考えアルバイトに指示を出し、時には怒り、効率化を最優先に業務の優先順位を定めて全力で作業をこなしました。その頃Aは「超VIPの奥様」のみにスーパーサービスを展開していました。

そんな状況ですから、それはもう声が枯れるほどしゃべり倒しました。チェックインが落ち着いた後も、締め作業や確認作業など膨大な残務があります。無能な私ですが微かに残る知能を振り絞りました。一時はどうなるかと思いましたが、何とかやり過ごし、おかげさまで地獄のような夜が明けました。

チェックアウトは早番が来たので問題なく終了です。

そして、夜勤の私にとっては最後の業務、朝礼の時間です。

「超VIPの奥様」から支配人であるあなた宛に「Aさんに素晴らしいサービスをしてもらった」「あなたの指導が素晴らしいからですね」「Aさんは本当に素晴らしい」といった内容の簡単な置き手紙があり、あなたは朝礼前に軽く目を通していましたが無表情でした。

私を含め、誰もが「Aありがとう!よく頑張ってくれた」と言うのかと思っていましたが、あなたの口からは意外な言葉が出てきました。

『○○(私のこと)君、昨日はよく頑張ったな。ありがとう。お陰で無事に終わったよ。おつかれさん 』

・・・

・・・

クソしびれました。

普段はほとんど泣かない私も涙腺が緩みそうでしたが、必死にこらえたのを昨日のことのように思い出します。

当日のメンツとフロントの状況、個々の性格を総合的に判断し、あなたには手に取るように昨日の状況が分かったのでしょう。

その後、Aの活躍には一切触れることなく、朝礼はたんたんと終わりました。朝礼終了後、「超VIPの奥様」の置き手紙はあなたの手によってゴミ箱に捨てられました。そして、私の肩をポンポンと軽く叩きました。

あなたはもう、忘れていると思いますが、私は今でも覚えています。

その時、私は決意したのです。

あなたのように「全体を見れて、仕事もデキて、人の気持ちを大切にできる」そんな「分かる人には分かる、さりげなくすごい、飾らない男」になりたいと。

今の私は、少しは追いついているのでしょうか・・・

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