運命の思う壺(おもうつぼ)理論

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今回の記事は、運命について論じていきたい。

運命

「さだめ」って読む場合もあるけど、正解は「うんめい」と読む。宿命と同義。命運とも言う。

一般的な解釈は「幸福」と「不幸」も、天命によって定められてるというもの。しかし、運命という言葉を用いる時は、「仕方ない」とか「しょうがない」とか、諦める理由付けに使われるケースが多い

例えば、良いことがあった場合「これは運命だ」なんてあまり思わない。逆に悪いことがあった場合「これは運命なんだ」って自分に言い聞かせる場合がある。

つまり、私たちは「運命」に少なからずネガティヴな印象を持っているのだ。

では、実際に「運命」なんてあるのだろうか。ちなみに某スピリチャアリストは「宿命」は変えられないが「運命」は変えられると言っていた。更に「宿命」を受け入れないと「運命」は変えられないとも言っていた。

なるほど、なかなか深い話になってきた。確かにそういうものかもしれないなぁ。

とはいえ、自分の宿命など凡人には分からない。何故かと言うと、何かが起きて「これは宿命なんだ」って決める判断基準がないから。であれば、悩むだけ無駄。ということで宿命は一旦、置いておこう。運命について考えていこう。

「運命」は実在するのか?

私の解答はイエス。人はオギャーと生まれた時点で、ある程度の方向性が定まっている。この方向性を「運命」と呼ぶのであれば「運命」はある。

では、運命は変えれるのか?

これも答えはイエス。

ていうか当ブログは、ある意味運命を変えることが主テーマ。ただ、運命を変えるのは、簡単なことではない。何も考えずに生活して変えれるものではない。

誤解を恐れずに言えば、「運命とは悪魔」である。人生を暗転させる悪魔。悪魔を倒すことで人生は好転する。

だから私は運命に逆らうように行動して、運命に背くように心がけている。

例えば、イライラしている時に、家族に当たり散らす行為は「運命の思う壺」だと言える。悪魔(運命)の思惑通りに行動している。まさに「運命の思う壺」である。

逆に、イライラしている時、周りに優しくしてみる。これは完全に運命に背く行為。これが出来れば人生は変わる。

見えない力で悪い方向に吸い寄せられそうになったら、必死に真逆に突き進む。たちが悪いのは、運命の思惑通りに行動する方が楽だし気持ちいい場合が多いこと。

だから、人生を好転させるには、しょーもない自己愛を潔く捨てて、運命に背く覚悟が必要になる。

人生逆転のスキルの中で最もシンプルで簡単な方法、それは運命に背くこと

ちなみに、この前、嫁が明らかにイライラして子供や私に八つ当たりしてたので、思わず嫁に言ってみた。

おまえ、それじゃあ運命の思う壺だぞ。イライラしてる時こそ、周りに優しくしてみたらどうだい?絶対何かが変わるはずだから。

嫁、即座に反論。

なんだそれ?そんな言葉聞いたことねぇし。よく分からんけど、そんな事が簡単にできれば苦労しねぇーな。でも、頭にスイッチがあるわけじゃないし、そんな簡単に切れ変えれないでしょ、普通。

緑の血が流れてるあんたなら簡単にできるんでしょーねぇ

嫁は普段から、感情をあまり表に出さず冷静な判断を売りにしている私を「緑の血が流れている」と表現している。

仕事同様にプライベートまで、あらゆる事象を俯瞰して大局で判断する私を、嫁なりにdisってるのだ。そんな誹謗中傷にひるまず、私はたたみかけた。

これは人生の分かれ道だぞ。そうやって自分を正当化するために感情の赴くままに生きるのか、自分を制して人生を好転させるのか。こういう小さな行動の積み重ねが人生を変えるんだ。

運命に背け!思いっきり跳ね返してみろよ!

松岡修造氏のテイストも織り交ぜて、大きな身振り手振りで熱く語ってみた結果・・・

嫁はいつも以上にキョトン顔。変な空気になってしまった。その後、もうちょっと分かりやすく説明したら分かってくれた・・・

・・・と思う。

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