クオリティよりも大事なもの

今回は「稼ぐこと」と「価値を与えること」について論じていきたい。

先日読んだ本に、これからの時代は、好きなことや興味のあることをひたすら追求することが、最終的に富をもたらすと書いてあった。

確かにそうかもしれない。

スティーブ・ジョブズもマークザッカーバーグも自分自身がおもしろいから、興味があるから、無我夢中で追求した。結果として、たくさんの人々に「価値があるもの」と認識されて壮大なビジネスになった。始めた当初に「よし、これで儲けるぞ」と一念発起して始めたわけではない。

確かにそうかもしれないけど、今回はあえて異議を唱えたい。

「好き」を極めても金にならねぇ

無能人間の視点で考えると「面白いこと、興味があること」を追求していれば、結果としてお金を稼ぐことができる、というのはキレイごとにしか思えない。

「それって、全て結果論じゃねぇの?」と思わざるを得ない。

単純に「好き」を突き詰めたところで、最終的に価値があるもの、つまり儲かるものじゃないと、やはり意味がないのではないか。それにスティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグのような成功例は、氷山の、そのまた氷山の一角に過ぎないわけで、それが正解であるという考えには賛同できない。

そもそも、無条件に好きなことや興味のあることに集中することは、ある意味、ギャンブルに等しい。なぜなら限りある余生を「価値がないもの」で浪費することになりかねないから。

やはり誰かがどこかのタイミングで、「それ、金にならなそうだけど、それでもいいの?」というアドバイスは必要だろう。

ていうか、あえて好きなことをビジネスに紐付けたくないなら、それはそれでOKだけど。

ただ、好きなことを仕事にできるとしたら、それはすごく素敵なことだし、大なり小なり誰もが願うはず。

以上の理由から、「無能人間の視点で考える」なら、闇雲に自分の好きや興味を追求するのはやめた方がいいだろう。

残念ながら私たちはスティーブ・ジョブズとは月とスッポンポンなので、よほどガラパゴス化した分野じゃない限り、いつも通りライバルに蹴落とされて底辺を彷徨うことになる。

そこでオレ理論。

脱クオリティYES集客理論

さて、そんな愛すべき無能人間のための行動指針が、上記の「脱クオリティYES集客理論」である。

理論の定義は「クオリティを追い求めずに、「それ」が多くの人に価値を与えることができるか、のみにフォーカスする」こと。

大事なのは、クオリティではない。人を集めること。

沢山の人に注目される、喜ばれること。つまり、より多くの人に価値を与えることができる。ここに焦点を合わせるのだ。

当然ながら価値を与えることができれば人が集まってくる。

人が集まるところにお金や信用も集まるから、「集客できること」が、人生を豊かにする1つの基準になる。

まとめ

若干小難しい感じになったけど、ようするに人生を豊かにしたいなら、集客できる(ファンが多い)ことに焦点を合わせると良いと思うよ!ということを言いたかったのだ。

例えば、球技なら、水球より野球の方が儲けやすいし、格闘技なら、少林寺拳法よりボクシングだし。

参考までに、世界のスポーツ競技人口ベスト5を紹介しよう。

  • 1位 バスケットボール 450,000,000人
  • 2位 サッカー 250,000,000人
  • 3位 クリケット 150,000,000人
  • 4位 テニス 100,000,000人
  • 5位 ゴルフ 65,000,000人

実際にプレーしなくても、グッズ販売、サイト構築など、市場として可能性が眠っていることは一目瞭然である。

スポンサーリンク
レクタングル大