「学校に行く理由」を本気出して考えてみた

学校に行く理由

ご承知の通り、この回答は諸説ある。

立場や考え方によって意見も様々。

「なぜ学校に行かないといけないの?」

純粋な目で子供に問われた時、あなたはどのように答えるだろう。

  • 社会のルールを学ぶため
  • 勉強するため
  • 友達を作るため
  • みんなが行くから
  • 良い大学に入って、就職するため
  • 普通になるため

上記以外にもたくさんの理由が挙がるだろう。

ある意味、どれも正解っちゃ正解だけど、個人的にはどれもNOだ。

なぜ学校に行かなければならないのか、二人の子を持つ親の視点、サラリーマン生活20年の視点、さらに43年生きてきた知見から、私が導き出した回答をお伝えしたいと思う。

学校へ行く理由

1.自分の現在地を知る

自分が「できること・できないこと・得意なこと・苦手なこと」を客観的に把握することは、生きてく上でかなり重要。なぜなら、このピントがズレてると、限りある余生を無駄な努力に費やすことになるから。

例えば、小学生時代のあなたは算数が大の苦手だったとしよう。

ここで言う【苦手】はあなたの主観。つまり、あなたが苦手だと思っていても、実は他の子よりも優秀かもしれない。

正しい判断は、主観と客観を比較することで成立する。試験や授業を受けて周りと比較して、初めて自分の実力が分かる。つまり、客観的に判断できるのだ。

逆もまた然りで、得意だと思っていたことが、実は全然ダメな場合もある。

得意なこと、苦手なことが分かれば後は簡単。

得意なことはどんどん伸ばせば良いし、苦手なことはある程度頑張ってみて、もしダメなら他の手段を考えれば良い。例えば、足し算が苦手なら電卓を持ち歩くとか。方向音痴なら方位磁石を持ち歩くとか※特に今はスマホがあるから大抵のことはできる

苦手なことは、もちろん努力すべき。

だけどそこにずっととらわれすぎてはダメ。テストと一緒で「できる問題」から先にやるのが正解。できない問題に多くの時間を使うと、時間切れや判断ミスで「できる問題」を取りこぼすリスクが発生する。

確実なものを確実に押さえることは、人生も試験も一緒。

苦手なことは、

  • すっとばす
  • 一旦置いておく
  • とりあえずスルー

今はできないことが、成長した将来の自分なら、簡単にできちゃう場合も多い。もちろん、できないままかもしれない。でも、それはそれで良い。

ようするにできないなら、できるような対策を考えれば良いのだ。

2.人間関係を学ぶ

誤解を恐れずにいえば、人生は人間関係で成立している。

無人島で暮らさない限り、ニートだろうが、デイトレーダーだろうが、もっといえば堀の中だろうが人間関係は存在する。もし人間関係を完全に放棄したいなら、無人島に行くしかない。

学問は学校に行かなくても学べるけど、人間関係は1人では学びようがない。これはもう、経験あるのみ。嫌なヤツ、嫌いなヤツ、しゃべらないヤツ、頭が良いヤツ、悪いヤツ。世の中には、様々な人がいていろんな考え方があって、意見があわないこともあるけど、共存していかないといけない。

もし、学校の代わりに塾に行ったとしても、学校ほどの多様性は期待できない。なぜなら、塾には勉強が好きな人が集まりやすいからだ。無作為に集められた学校というコミュニティこそ、人付き合いのなんたるかを学ぶ格好の舞台といえる。

ちなみに、人間関係は【人生逆転カオス理論】でも重要な位置付けであり、欠かすことができないものである。

まとめ

  • 自分の現在地を知る
  • 人間関係を学ぶ

この2つが学校にいく本当の理由。

特に日本は「学校に行かない」という選択肢はないに等しい。よほどのことがない限り、何の疑いもなく学校に行く。

日本が先進国であり続ける理由は、良くも悪くも教育制度にあることに疑いの余地はない。

とはいえ、日本の教育が最高なのかといえば決してそうではない。日本の教育に足りないのは、

  1. 多様性を認めること
  2. 会社員以外の生きる道を示すこと(仕事・投資・起業など)
  3. 教員免許がなくても先生になれる制度

特に3はぜひやってもらいたい。

例えば、頭のいい先生より、サラリーマン生活20年の普通のおっさん(私のような)の方が、小学生に勉強の大切さを熱く指導することができるはず。さらに、経営のリアルを学ぶなら、地域の店長や社長が適任だろう。

学校がそういう経験に裏付けされた、生きた知識を学べる場所になったら、今よりもっと面白くて有意義な場所になっていくと思う。

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